第5講 「経済速度」を守って同時並行処理する
弁護士・公認会計士・通訳 黒川康正
最近では少し変わりつつあるが、複数のことを同時にこなすことについて、日本の社会ではまだまだ白い目で見られがちである。一意専心、1つのことに集中するのがよしとされる風潮がいまだに強い。
だが、2つ以上のことを並行して処理できれば大いに時間の有効活用に役立つ。
作業の同時並行処理というと、聖徳太子のようなスーパーマンにだけ可能な特異能力と思われがちだが、私たちはふだんの生活のなかで並行処理をさりげなくこなしている。
音楽を聞きながら夕刊を読む。散歩しながらアイデアを練る。昼食をとりながら友人と会話をする。退屈な会議中に翌日の仕事のダンドリをつけている場合もあるかもしれない。
私はよく、「経済速度」ということを考える。私のいう経済速度とはつぎのようなものだ。
歩きながらものを考える。思考と歩行を同時に行なっているわけである。このとき2つは同じ比重ではない。考えることが主目的であり、歩行は従である。
だが、歩くことが思考のじゃまになっていない。それどころか、身体を一定のリズムで動かすことがすぐれたアイデアや理論の発酵に役立つくらいである。思考と同時並行できて、かつ思考の邪魔をしない。むしろいい影響を与える行動(ここでは歩行)。このような行動の速度を私は経済速度と呼んでいる。
これが、遅刻しそうだからと目的地まで走っていたり、せかせかと早足であったりすると、もう1つの行動=思考の足を引っ張ってしまう。あまり急いでいると、ほとんど思考停止にも追い込まれてしまう。思考の経済が損なわれるわけだ。
だから、この経済速度が守られる範囲でなら、複数のことを同時にこなすことはむしろ効率的であり、ものごとの同時並行処理を積極的に行なうべきだというのが私の考えである。
また、同時並行処理と似たものに、単なる「ながら」があるが、それは、経済速度ではなく、じゃまをしていることが多く、白眼視すべきはこちらであり、「ながら」のほうはすすめられない。
時間を惜しむあまり、2つのことを重ねて行なう。その結果、単独でやっておけば1時間ですんでいたものが1時間半かかってしまい、かえって効率が悪くなる。経済速度を超えたことで、デメリットのほうが大きくなるのである。
1時間でできることは1時間以内にこなしつつ、さらに経済速度を守りながら、べつの事柄も進行させる。これでなければ、同時並行処理の価値はない。